有田ポーセリンパーク
ドイツ・ドレスデンのツヴィンガー宮殿を再現した有田焼のギャラリーです。
宮殿内部には幕末から明治期にかけての第二次輸出期の作品を展示されています。
400年におよぶ有田焼の歴史の中でも重要な作品の数々、その存在感を充分に体感できます。
また、1870年代のウィーン万博に実際に展示された大花瓶(182㎝)は必見です。
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基本情報
・住 所 | 佐賀県西松浦郡有田町戸矢乙340番地28 |
・アクセス | 車:西九州自動車道 波佐見有田ICより約5分 |
・料 金 | 無料 ※ツヴィンガー宮殿は大人600円、中高生300円 |
・営業時間 | 9:00~17:00(施設により異なります。 ) |
・定休日 | 年中無休 |
有田 & 伊万里の地図
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泉山磁石場
有田焼の原料となる陶石の採掘場です。江戸時代初期の1616年(元和2年)、朝鮮人陶工・李参平
により発見され、日本で初めて磁器が誕生しました。
400年もの時をかけて、ひと山のほとんどを掘り尽くしたとされる山は扇形に削り取られ、鋭利な
岩肌が剥き出しとなっています。日本の磁器生産に関わる遺跡として国の史跡に指定されました。
現在は休鉱中で採掘されておらず、磁石場が見学できる公園となっています。
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採掘をした後の穴には作業の無事などを願って神様を祀っていました。そうしてたくさんあった
土穴の神様を、1860年代に合祀したのが石場神社です。境内には焼き物でできた有田焼陶祖の
李参平も祀られています。
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基本情報
・住 所 | 佐賀県西松浦郡有田町泉山1-33 |
・アクセス | 車:西九州自動車道 波佐見有田ICより約10分、JR有田駅から車で8分 JR上有田駅から徒歩で15分 |
有田の地図
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小倉城
勝山公園内に位置している北九州市のランドマークである小倉城
あまり大きく見えない天主閣であるが、実は全国で6番目の高さです。
1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城し、細川氏の熊本転封の後、1632年に
譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城しました。
1837年に失火のため天守閣が焼失し、残る城郭も1866年、第二次長州征討の混乱の中で小倉藩が
自ら城を焼却しました。
明治時代から第二次世界大戦中には、歩兵第12旅団や第12師団の司令部が城内に置かれた。
戦後、1959年に天守閣が再建されました。
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天守閣からの眺めは最高です。リバーウォーク北九州、小倉城庭園、北九州市庁舎、
中央図書館をはじめ360°の眺望が拡がります。
城内にはエレベーターも設置されていますので、足に自信のない方も気軽に行ってみて下さい。
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桜の名所
小倉城周辺は約300本の桜が楽しめる名所です。お城を囲むようにソメイヨシノを始め、
しだれ桜などが次々と咲き誇ります。
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小倉城の東側にある江戸時代の大名屋敷を再現した小倉城庭園です。和の伝統を継承し、
「池泉回遊式」の庭園では、池を巡りながら、四季折々のさまざまな景観を楽しむ
ことができます。会館は、書院棟、展示棟、日本庭園からなり、書院棟には武家屋敷の様式を
再現した和室があり、抹茶が楽しめる「立礼席」や茶会に利用できる座敷などがあります。
展示棟には平安時代から武家社会、現代までの「マナーの歴史」を映像や展示品で
紹介しています。小笠原流の作法を記した「小笠原礼法絵巻」も公開されています。
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小倉城周辺の見どころ
地図を見れば、世界の歴史、日本の歴史や北九州の歴史が見えてきます。地図が色んなことを
語りかけてきます。「歴史を映し出す地図の紹介」というコンセプトのもと、2020年6月に
オープンし、地図やパネルなど、約120点を展示しています。16世紀から19世紀に作られた
西洋製の日本地図や、伊能図をはじめとする国内製の地図の変遷を歴史とともに紹介しています。
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JR小倉駅からのアクセス
京町銀天街、伊能忠敬も訪問した長崎街道の基点・常盤橋を経由、リバーウォーク北九州を
通って小倉城へ。徒歩約20分
JR小倉駅 |
常盤橋 |
リバーウォーク北九州 |
基本情報
・住 所 | 北九州市小倉北区城内2-1 |
・入場料 | 大人350円 中高生200円 小学生100円 |
・アクセス |
JR小倉駅より徒歩20分、JR西小倉駅より徒歩10分 |
小倉城周辺の地図
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北九州の観光情報
九州の最北端に位置し、関門海峡を介して本州・山口県を繋がっている交通の要所です。
門司、小倉、若松、八幡、戸畑の5市が合併してできた人口94万人の政令指定都市です。
1889年に門司港が日本で初めて国際貿易港に指定され、1901年に八幡で近代製鉄所が誕生して
以来、日本の産業近代化を牽引してきたまちです。そして現在は世界の環境をリードする
環境未来都市です。
近代の北九州の歴史は「日本の産業近代化に貢献した北九州の歩み」をご覧ください。
勝山公園内にある北九州のランドマークである小倉城。
あまり大きく見えない天主閣であるが、実は全国で6番目の高さです。
1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城し、細川氏の熊本転封の後、1632年に
譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城した。
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門司港が1889年に大陸貿易の拠点として特別輸出港に指定され、この地に多くの産業が生まれ、
ここから日本の産業近代化が始まりました。
また、ノーベル物理学賞受賞のアインシュタインが1922年に初めて来日して、門司港に滞在し
その時に ❝見るもの全てが芸術作品❞と門司港を絶賛しました。
2017年(平成29年)には、門司港レトロを含む関門海峡が、”関門”ノスタルジック海峡として
日本遺産に登録されました。
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日本の近代製鉄発祥の地で、日本の産業近代化をリードしてきた場所です。
さまざまな歴史を歩み、日本の産業発展に大きく貢献した場所です。
東田第一高炉 |
世界遺産・旧本事務所 |
八幡泊地 |
その総指揮者が、土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」という
明治時代の初めまでは、普通の漁村にすぎませんでしたが、日本の工業の発展とともに、
石炭の需要が増えていき、石炭の積み出し港として発展していきました。
1898年(明治31年)には若松港が開港し、石炭がどんどんと鉄道を使って若松港に集められ
全国に送っていき、“石炭の町、若松”として日本中に知られていきます。
その当時に立てられた建築物群を中心とした近代港湾都市固有の帯状の都市空間で、石炭景気に
沸いた若松の歴史と発展を伝えるとともに景観的にも美しい地域です。
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標高622mの山頂から北九州市を一望できる皿倉山。
夜になると、日本新三大夜景にも指定されている、世界一ダイナミックな夜景が楽しめます。
山頂までは、皿倉山登山鉄道のケーブルカーとスロープカーを使えば、山麓駅から山頂駅まで
10分で行くことが出来ます。
また複数の登山ルートが整備されていますので、トレッキングを楽しむこともできます。
日本三大カルストと呼ばれ、北九州国定公園に指定されています。
最高峰は北九州市小倉南区の貫山 (712m) でその周辺には400m~600m級の山が点在する。
千仏鍾乳洞、目白洞、牡鹿洞、青龍窟などの鍾乳洞が点在し、大小のドリーネのある
カルスト地形が広がっています。トレッキング等にも最適の場所です。
1952年頃、個人の植物公園 「四季の丘」として開園し、市民に40数年間親しまれて
きました。1993年(平成5年)北九州市が買取り、約3年の年月をかけ公園の整備並びに改修工事を
行いました。1996年(平成8年4月)に「北九州市立 白野江植物公園」として 発足し、
現在に至っています。
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北九州の遺産 及び 歴史スポット
関門海峡のストーリー性を持った歴史的価値が評価され、2017年(平成29年)に
“関門”ノスタルジック海峡が日本遺産に登録されました。関門地域を空から見下ろすと、
本州と九州とが互いに手を伸ばし、今にも陸続きになりそうな地形が目に入ります。
海峡を挟んだ両岸からは、山々が海にせり出すように対峙し、そこからは大型のタンカー
や旅客船が途切れることなく往来する海峡 景観とレトロな近代建築が建ち並ぶ街並みを
望むことができます。
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北九州市門司区企救半島の北東端、瀬戸内海周防灘に面した小高い丘にあり、1872年
(明治5年)に竣工した複合低塔型灯台です。日本で12番目に点灯した洋式の灯台で、
「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの指導で建設しました。
この灯台の設置場所は、かつて僧清虚が13年間、焚火を焚き続けて灯台の役目を果たした、
遭難が多かった関門海峡東口で、今も航行の安全を見守り続けています。
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旧サッポロビール九州工場の赤煉瓦建物などを保存活用した貴重な歴史的建造物です。
門司麦酒煉瓦館は旧工場事務所を改装し、ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革の
ほか、ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。
門司麦酒煉瓦館をはじめ、現在残る醸造棟・旧組合棟(赤煉瓦写真館)・倉庫跡(赤煉瓦交流館)
の4つの建物は歴史的価値を認められ国の有形文化財に登録されています。
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戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える
アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。
旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と
ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。
若松港(現在の北九州港)の長さ770mの防波堤のうち約400mを、駆逐艦「涼月」
「冬月」「柳」の3隻の船体を沈設して作られました。 設置当初は船体そのものが防波堤の
役割を果たしていたが、のちに「涼月」「冬月」はコンクリートで完全に埋設されましたが、
「柳」は船体上部の船体の形を約80mにわたり留めています。軍艦防波堤からの対岸は
日本製鉄 九州製鉄所や若戸大橋、そして皿倉山まで望めます。
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明治日本の産業革命遺産の遠賀川水源地ポンプ室。八幡製鐵所に水を供給するために1910年に稼働を
開始し、100年以上経過した今でも、当時と変わらぬ威厳のある姿のポンプ室から、毎日八幡製鐵所
(現日本製鉄 九州製鉄所)で必要とする水の約70%を休みなく送り続けている製鐵所の心臓部です。
戸畑と八幡を結八幡製鐵所の専用鉄道
八幡製鐵所は、戸畑で操業していた東洋製鐵と1921年に合併した当時から、戸畑地区で生成する
熔銑を船舶で八幡へと輸送していたが、海上輸送のリスクと不経済性が指摘されていた。
一方八幡地区では、高炉の溶銑をつくるときの副産物である鉱滓(スラグ)の処理が問題化していた。
これらの打開策として建設されたのが、戸畑地区と八幡地区を鉄道で結ぶくろがね線。
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背後に足立山系を控えた、響灘と関門海峡を望む絶景スポットです。展望広場からは、眼下に
広がる日本製鉄 九州製鉄所の戸畑と小倉の工場群や武蔵、小次郎の決闘「舟島(巌流島)」、
そして関門橋も望むことができます。江戸時代は、小倉小笠原藩の家老宮本伊織の所領地で、
明治から昭和にかけては旧日本軍の砲台地、終戦後は公園になったという歴史があり、
園内では、武蔵・小次郎の碑や探照灯台、砲座跡などの石碑や史跡に出会えます。
手向山公園 展望広場 |
日本製鉄 九州製鉄所 |
巌流島と関門橋 |
北九州の地図
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唐津城
唐津城は、豊臣秀吉の家臣、寺沢志摩守広高によって1602年(慶長7年)から7年の歳月を費
やして築城されました。東西に伸びる松原が両翼を広げた鶴のように見えることから、
別名「舞鶴城」と呼ばれています。
唐津城築城当初は、天守閣はありませんでしたが、1966年(昭和41年)に文化観光施設として
天守閣を建てました。天守閣内は郷土博物館になっていて、唐津藩の資料や唐津焼などが展示され、
唐津の歴史に触れることができます。また、展望所からは玄界灘と虹の松原の雄大な景観や、
松浦川と城下町唐津の風景を見ることができます。
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基本情報
・住所 | 佐賀県唐津市東城内8-1 |
・アクセス | 車:JR唐津駅より7分、徒歩:JR唐津駅より20分 |
・入場料 | 一般 500円、小・中学生 250円 |
唐津の地図
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呼 子
東松浦半島の突端に位置する佐賀県唐津市の呼子町、目の前に横たわる加部島が
玄界灘の荒波から港を守る呼子の地は、昔から天然の良港として栄えてきました。
そんな小さな港町は、全国に知られる“イカの町”で「イカの活造り」や「呼子の朝市」など
新鮮な魚介類を求めて、年間を通じて多くの観光客が訪れています。
呼子港
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イカの活き造り
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呼子の朝市
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基本情報
・住 所 | 佐賀県唐津市呼子町呼子 |
・アクセス | JR唐津線西唐津駅から昭和バス呼子(岩野)行きまたは湊(みなと園)
(相賀)行きで47分、呼子下車、徒歩5分 |
唐津 & 呼子の地図
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鏡 山
鏡山は標高286mの山で、眼下に市街地はもちろん、国の特別名勝・虹の松原や唐津湾、
そのかなたに壱岐の島影をも望む、絶景を誇る名所です。山頂へ続く、曲がりくねった
5キロの道のりは絶好のドライブコースとして親しまれています。
また、鏡山は数々の伝説に彩られ、万葉集に詠まれた歴史ある山でもあります。
山の名前は、神功皇后が、山頂に鏡を祀ったことに由来するともいわれています。
鏡山山頂には、展望台や休憩所、芝生の広場が整備され、桜やツツジなどの花の
名所でもあります。
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基本情報
・住 所 | 佐賀県唐津市鏡 |
・アクセス |
車:九州自動車道 福岡ICから約50分(糸島経由)、長崎自動車道多久ICから40分 JR:JR筑肥線虹の松原駅から徒歩90 バス:唐津大手口バスセンターから昭和バス宇木・半田行き乗車、バス停鏡山入口下車 |
唐津の地図
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名護屋城跡
名護屋城跡は、豊臣秀吉による文禄・慶長の役(1592年~1598年)の出兵基地であり、
日本列島と朝鮮半島との長い交流史のなかで、その関係を一時断絶させた不幸な歴史の
舞台です。同時に、名護屋城跡を中心に半径3キロメートルの範囲にひろがるこの遺跡群は、
全国から160を超える大名が集結し陣屋を構築して在陣するという、日本の歴史上にも類を
見ない、広域かつ特異な遺跡群です。
名護屋城は1591年から1592年にかけてわずか5ヶ月で完成した広さ17万平方メートルの巨大な
城で、当時は大坂城に次ぐ全国2番目の規模でした。また、全国から集まった武士と商人で
人口20万人を超える城下町ができました。
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名護屋城跡から呼子及び玄界灘の眺め
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基本情報
・住 所 | 佐賀県唐津市鎮西町名護屋1938-3 |
・アクセス |
車の場合:長崎自動車道多久ICから車で60分、 西九州自動車道唐津ICから車で約30分 バス停名護屋城博物館入口下車徒歩5分 |
・料 金 | 無料(歴史遺産維持協力金 お一人100円(任意)にご協力をお願いします) |
・営業時間 | 9:00~17:00 |
・定休日 | 月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日~31日 |
唐津 & 呼子の地図
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南阿蘇鉄道 トロッコ列車
トロッコ列車は現在、高森駅~中松駅までの7.1キロ(熊本地震の影響により立野駅~中松駅は
長期にわたる運転見合わせ中です)を走る観光列車です。
天気の良い日では、開放感たっぷりの車内で、雄大な阿蘇の山々を眺めながら、水源などを
ゆっくり走り、沿線のガイドを行いながら走る人気の列車です。
2021年も3月20日~11月30日の土・日・休日、春・GW・夏休み期間のみ運行します。
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基本情報
・住 所 | 熊本県阿蘇郡高森町大字高森1537-2 |
・運行期間 | 2021年3月20日(土)~11月30(火)まで |
・運行日 | 期間中の土・日・祝日、及び 春休み 3月20日(土)~4月4日(日)、GW 4月24日(土)~5月9日(日) 夏休み 7月17日(土)~ 8月29日(日)の期間は毎日運転致します。 9月24日、11月22日も運行します。 |
・所要時間 | 高森駅~中松駅|(所要時間片道約25分) |
・料 金 |
片道料金(高森~中松)(南鉄応援きっぷ): 大人800円 、 小人460円 往復料金(高森~中松)(南鉄応援きっぷ): 大人1,400円 、 小人810円 |
阿蘇の地図
阿蘇の観光情報
熊本県東北部、熊本市から約50kmの九州山地内に位置し、阿蘇山が形成したカルデラ盆地の
中に含まれています。阿蘇山は、世界でも有数の大型カルデラと雄大な外輪山を持ち、
「火の国」熊本県のシンボル的な存在です。阿蘇山は外輪山の内側を中心として阿蘇くじゅう
国立公園に指定されており、温泉や観光・レジャースポットが点在する有数の観光エリアと
なっています。
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2016年4月の熊本地震で崩落した熊本県南阿蘇村の阿蘇大橋に代わり、建設が進められていた
新阿蘇大橋が完成し、2021年4月7日午後3時に開通しました。熊本地震で寸断した熊本県北東部の
阿蘇地域の国道は、これですべてつながりました。旧阿蘇大橋は国道325号の一部で、阿蘇カルデラ
の入り口となる立野峡谷にかかり、阿蘇地域と熊本市方面を結ぶ主要ルートでした。新阿蘇大橋は
元の阿蘇大橋から約600メートル下流に建設され、全長525メートルで、橋脚の高さは最大
97メートルです。 橋の近くには展望所も整備されました。
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阿蘇五岳からくじゅう連山までが一望できる大観峰。阿蘇北外輪山の最高峰に位置する天然の
展望台で、360度の大パノラマが楽しめる阿蘇随一のビュースポットです。
お土産店や食事処もあり、天体観測のスポットとしても人気です。
大観望は、かつて遠見ヶ鼻と呼ばれていましたが、1926年(大正11年)内牧町長の要請により、
文豪徳富蘇峰が大観峰と名づけました。
阿蘇の代表的な風景、噴煙を上げる中岳を望み、絶好のロケーションを誇る草千里。
浅い四角形の大草原で烏帽子岳の北麓にひろがり、中央の大きな池や放牧された馬など、
どこか牧歌的な風景を持っています。
緑鮮やかな夏、白銀の幻想的な冬と四季の彩りもさることながら、乗馬に散策にと一年を
通じて多くの人達に親しまれています。
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阿蘇のカルデラは、東西18km、南北25kmと世界有数の規模を誇ります。
そのカルデラ内の中央にそびえる阿蘇五岳(根子岳・高岳・中岳・烏帽子岳・杵島岳)の中で、
現在も活発な活動を続けているのが中岳です。
中岳の直径は600m、深さは130m。周囲4キロの巨大な噴火口では、激しく白い噴煙を上げる
様子やダイナミックな風景を間近で見ることができます。
神武天皇の孫神で阿蘇を開拓した健磐龍命をはじめ家族神12神を祀り、2000年以上の歴史を
有する古社です。古来、阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と融合し、肥後国一の宮として
崇敬をあつめてきました。阿蘇神社の社殿群は、熊本藩の寄進によって再建されたもので、
神殿や楼門などの6棟は国重要文化財に指定されています。中でも楼門は九州最大の規模を誇り、
「日本三大楼門」の一つともいわれます。2014年(平成28年)熊本地震により楼門が倒壊し、
また拝殿が倒壊するなど、重文以外の社殿についても甚大な被害を受けました。
現在復旧工事が進められています。写真は2020年12月11日に撮影したものです。
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トロッコ列車は現在、高森駅~中松駅までの7.1キロ(熊本地震の影響により立野駅~中松駅は
長期にわたる運転見合わせ中です)を走る観光列車です。
天気の良い日では、開放感たっぷりの車内で、雄大な阿蘇の山々を眺めながら、水源などを
ゆっくり走り、沿線のガイドを行いながら走る人気の列車です。
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熊本県・南阿蘇村にある白川水源は、その名の通り熊本県を流れる一級河川「白川」の
総水源です。毎分60トンの湧水が、地底から勢いよく湧き上がってきています。
阿蘇では多くの湧水が溢れていますが、とりわけここ白川水源の水質はきれいと言われ、
名水百選にも選出されています。このように、水が非常に透き通っていることがきれいな
水である証拠の一つ。透明すぎて、水中にある苔があたかも浮いているように映っています。
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菜の花の絨毯に囲まれた樹齢400年の一本桜です。樹高14m、枝張り東西21.3m、南北26m、
幹周り7.35m。南阿蘇村のシンボル的な大桜(ヤマザクラ)で、淡い薄紅色の花をつけます。
満開時には期間限定でライトアップが行われ、菜の花と桜の幻想的な風景も楽しめます。
見ごろは、3月下旬から4月上旬です。
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築200年以上の古民家で、囲炉裏を囲んで炭火で焼くスタイルの郷土料理「田楽」が
楽しめます。高森町特産の“つるの子いも”をはじめ、ヤマメや山菜を織り混ぜながら、
山椒味噌、ゆず味噌で味付けした「田楽」は、素朴でどこか懐かしさを感じる味です。
阿蘇牛も楽しめ、阿蘇五岳のひとつ・根子岳を眺めながらの食事は格別です。
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阿蘇の地図