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環境未来都市・北九州市

日本の産業が始まったまち、その後常に産業の先頭を走りながら、日本の産業近代化に
大きく貢献したまちで、現在は環境モデル都市・北九州市です。
今我々は、地球温暖化をはじめとして大きな環境問題に直面しています。
その問題にみんなで取組むために、北九州での取組等を紹介します。

 


 

北九州市エコタウンセンター

北九州市では、これからの「資源循環型社会」を目指して、リサイクル工場や研究施設などを
集め、環境と調和したまちづくりを行う「北九州エコタウン事業」に取り組んでいます。
北九州市エコタウンセンターは、エコタウンを支える情報センターとしての役割を担い、
エコタウンでの取組みの紹介等を通じて、環境学習や交流活動に積極的に利用して
いただくための施設です。

 


 

響灘ビオトープ

響灘を廃棄物処分場として埋め立てた敷地に自然発生した自然の楽園・響灘ビオトープ。

整地されていない埋立地に雨水が溜まって湿地ができ、鳥などが運んできた植物の種から

木が自生し、環境省の絶滅危惧種(鳥類レッドリスト絶滅危惧IB類)に指定されている

チュウヒをはじめとする237種の鳥類や、284種の植物などが確認されている生態系を守る

ため全体(約41ha)のうち約7haが公開されています。

 

 


 

響灘風力発電

北九州市は、「世界の環境首都」を目指し、環境にやさしいクリーンエネルギーの積極的な

導入を進めています。響灘風力発電施設は、響灘に面する日本初の港湾地区にあります。

現在10基の風車が稼動しています。高さ65mの塔に直径75mの大きな羽根が付いており、

その景観は圧巻です。発電規模は、3,500万kwh、約10,000世帯分の年間電力消費分です。

 

 

 

環境ミュージアム

世界の環境首都を目指す北九州市が整備する『市民のための環境学習・交流総合拠点施設』です。

今日、地球温暖化や廃棄物問題をはじめとして、様々な形で環境問題が急速に深刻化しています。

その原因の多くは、人間一人ひとりの日常生活の積み重ねにあります。環境にやさしい持続的な

社会を実現するためには、学校、企業、市民、市民団体、行政それぞれが主体となり、相互に

連携して取り組んで行かなくてはなりません。

 


 

曽根干潟

曽根干潟は、北九州市小倉南区の東側に広がる市内最大の干潟で、面積は517haあります。
背後の曽根新田地区とあわせて市内でも有数の野鳥の宝庫として知られています。

特に、世界的にも数が少なくなっている「ズグロカモメ」の日本でも有数の越冬地と

なっています。また、2億年前からその姿をほとんど変えずに生きてきたことから、『生きた化石』

とも呼ばれているカブトガニの生息地ともなっています。環境省のレッドデータブックに指定

されていることから、ラムサール条約に曽根干潟が登録されることを目指す動きがあります。

 

 

 

若松北海岸・遠見ヶ鼻

若松北海岸は、玄海国定公園の始まりの場所です。その中で、最も眺望が美しいところが

遠見ケ鼻です。妙見埼灯台があり、いかにも荒海の岬といった感じです。江戸時代には

遠見番所が設けられ、沖の密貿易船、難破船、外敵等の異変に備えていました。
灯台の立つ断崖から見下ろす海の色、沖の島々、しま模様を描いた岩肌など見応えが

十分です。この景色は環境未来都市・北九州を代表する自然の美の一つです。

 


 

北九州の地図

 


 

赤煉瓦プレイス

旧サッポロビール九州工場の赤煉瓦建物などを保存活用した貴重な歴史的建造物です。

門司麦酒煉瓦館は旧工場事務所を改装し、ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革の

ほか、ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。

門司麦酒煉瓦館をはじめ、現在残る醸造棟・旧組合棟(赤煉瓦写真館)・倉庫跡(赤煉瓦交流館)

4つの建物は歴史的価値を認められ国の有形文化財に登録されています。

 


 

旧サッポロビール九州工場の歴史

1912年(明治45年)門司市の合資会社九州興業仲介所代表社員山田弥八郎らが、

当時隆盛を誇った神戸市の鈴木商店の援助を受け、大里町に工場用地を取得し、

帝国麦酒㈱を設立しました。

1913年(大正2年)に帝国麦酒㈱工場が竣工し醸造を開始しまし、「サクラビール」を

発表して、ビール業界への参入を果たしました。

以来、「桜麦酒」『大日本麦酒』「日本麦酒」「サッポロビール」と社名変更、合併、

分割と会社形態の変遷をたどりながらも北九州門司の産業を支え続けてきました。

2000年(平成12年)大分県日田市に新九州工場が竣工され、九州工場は閉鎖となり、

この地における87年間のビール製造の歴史に幕を閉じました。

 

その後、土地区画整理事業として基盤整備を行い、建物の保存し活用されています。

保存された建物群は2007年(平成19年)に国の登録有形文化財に登録されました。

また、2009年(平成21年)に、近代化産業遺産続33(33九州窯業 – 北九州市の

鉱滓煉瓦製造関連遺産)に、門司麦酒煉瓦館・旧サッポロビール醸造棟・赤煉瓦交流館が

認定されました。

 


 

日本の産業近代化に貢献した鈴木商店

門司港は1889年(明治22年)に国の特別貿易港に指定されると、明治後半から

大正時代にかけ、人や貨物を載せ日本と海外を行き来する船が寄港する国際貿易港

として繁栄していきます。事業や販路拡大を願う実業家や貿易商がこぞってこの地を

目指し、三井や三菱などの財閥もこの地に進出を図ります。

門司港が繁栄していく中、わずか数キロ先の門司・大里地区に神戸の貿易商「鈴木商店」

が目を付けて進出してきました。

そして、帝国麦酒(サッポロビール)をはじめ、多くの企業を立上げ、日本の産業近代化に

大きく貢献してきました。

詳細は下記をご覧ください。

 ↓ ↓

鈴木商店

 


 

基本情報 

・住 所 北九州市門司区大里本町 3-11-1
・アクセス

車:JR小倉駅から約15分

公共交通:JR門司駅から徒歩3分

・料 金 【門司麦酒煉瓦館】 大人100円、中学生以下50円
・営業時間 【門司麦酒煉瓦館】9:00~17:00

 

赤煉瓦プレイス周辺地図

 


 

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軍艦防波堤

太平洋戦争終結後、旧日本海軍艦艇の多くは戦時賠償として連合国に引き渡されるか

解体されるかしたが、何隻かの艦艇は解体された船体が防波堤として利用された。 

若松港(現在の北九州港)の場合、長さ770mの防波堤のうち約400mを、駆逐艦「涼月」

「冬月」「柳」の3隻の船体を沈設して作られました。 設置当初は船体そのものが防波堤の

役割を果たしていたが、のちに「涼月」「冬月」はコンクリートで完全に埋設されましたが、

「柳」は船体上部の船体の形を約80mにわたり留めています。

 


 

軍艦防波堤からの対岸の様子です。

日本製鉄 九州製鉄所や若戸大橋、そして皿倉山まで望めます。

 

 

 

基本情報

・住 所 北九州市若松区響町1丁目
・アクセス 車:JR若松駅から約10分

 

軍艦防波堤周辺地図

 

 


 

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部埼灯台

部埼灯台は北九州市門司区企救半島の北東端、瀬戸内海周防灘に面した小高い丘にあり、

1872年(明治5年)に竣工した複合低塔型灯台です。

日本で12番目に点灯した洋式の灯台で、「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー

・ブラントンの指導で建設しました。この灯台の設置場所は、かつて僧清虚が13年間、

焚火を焚き続けて灯台の役目を果たした、遭難が多かった関門海峡東口で、今も航行の安全を

見守り続けています。

 


 

僧清虚

1838年(天保9年)諸国巡礼の途中、この付近で難破が多いことを知り、浜にとどまり、

火焚場の火を焚き続けました。一食坊主と蔑まれながらも托鉢をして焚火の資金を集め、

74歳で世を去るまでの13年間、雨の日も風の日も読経とともに火を焚き続け、灯台の役目を

果たしました。清虚の死後は地域の人に引き継がれ、清虚が焚火を炊いた近くの高台に

西洋式灯台が建てられました。

 


 

基本情報 

・住 所 北九州市門司区大字白野江
・アクセス 車:JR門司港駅から約15分

 

部埼灯台周辺地図

 


 

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北九州市エコタウンセンター

全国初のエコタウンセンターとして、2001年(平成13年)6月開所しました。
北九州市では、これからの「資源循環型社会」を目指して、リサイクル工場や研究施設などを
集め、環境と調和したまちづくりを行う「北九州エコタウン事業」に取り組んでいます。
北九州市エコタウンセンターは、エコタウンを支える情報センターとしての役割を担い、
エコタウンでの取組みの紹介等を通じて、環境学習や交流活動に積極的に利用して
いただくための施設です。

全国各地から視察が相次ぐなか、リサイクル工場や研究施設の視察受付・案内を行っています。
センター内では環境・リサイクルに関する技術、製品の展示やパネルによる北九州エコタウン
事業の紹介を行います。また、環境学習、交流活動、研究活動に利用していただくための
施設を提供しています。

 


 

基本情報

・住 所 北九州市若松区向洋町10番地20
・アクセス

車の場合:若戸大橋より約10分

JRの場合

JR戸畑駅:北九州市営バス「戸畑駅」⇒(約30分)⇒

「エコタウンセンター」下車 徒歩約1分

JR若松駅:北九州市営バス「若松市民会館前」⇒(約30分)⇒

「若松営業所」下車徒歩約10分

・料 金 無料
・営業時間 9:00〜17:00
・定休日 日曜・祝日・年末年始(12月29日〜1月3日)

 

北九州市エコタウンセンター周辺地図

 


 

平尾台

日本三大カルストと呼ばれ、北九州国定公園に指定されています。

最高峰は北九州市小倉南区の貫山 (712m) でその周辺には400m~600m級の山が点在する。

千仏鍾乳洞、目白鍾乳洞、牡鹿鍾乳洞などの鍾乳洞が点在し、大小のドリーネのある

カルスト地形が広がっています。

 

 

 


 

平尾台自然の郷

平尾台が一望できる景観を活かした自然体験施設です。展望台やドリーネデッキ、野草園など

自然観察を楽しめる施設や、すべり台やトンネルなどの遊具を備えた遊具広場「ゆ~遊広場」、

野球場ほどの広さの芝生広場「のびのび広場」など大自然の中のんびりと過ごせる広場などが

広大な敷地に広がっています。

 


 

千仏鍾乳洞

国の天然記念物に指定された鍾乳洞です。この大鍾乳洞は、幾千万年の永きに渡り、カルスト

台地の雨水によってつくられたものです。洞内は四季を通じて気温16℃、水温14 ℃で、

夏は極めて涼しく、冬は暖かです。照明設備は入口より900mまであり、老人や子供も容易に

深勝することができます。本洞は、480mから先は地下の小川の中をジャブジャブ歩いて

探検気分が味わる体験型鍾乳洞です。

 

 

 

目白鍾乳洞

平尾台の3つある鍾乳洞の中で今のところ一番長い洞窟で、横穴式の鍾乳洞です。

現在見つかっている道を合わせると約2km以上あります。その一部の200mが公開されており、

世界でもめずらしい水平天井が見られます。この一枚岩の全長は約20mあり自然の力を

感じることができます。

 

 

 

牡鹿鍾乳洞

この鍾乳洞は、世界的に見ても希少な垂直洞となっており、最初の洞底までの深さは

30メートルにも及びます。牡鹿鍾乳洞の入口は、大きな縦穴になっています。

そこに掛けられた鉄階段を下りて行くと、徐々に岩肌が迫って来て、穴の中に吸い込まれて

いく様な感覚を味わえます。

 


 

広谷湿原

平尾台の青龍窟の西側にある、福岡県唯一の湿原です。鬼の唐手岩という水に溶けにくい

花崗岩質の硬い岩がダムのように地下水をせき止めているため、湿原ができました。

カルスト台地にある湿原は世界でも珍しく、絶滅危惧種であるトキソウやノハナショウブなど

の貴重な植物が自生しています。

 


 

平尾台トレッキング


 


 

最寄りの駅

JR日田彦山線 石原町駅 平尾台まで車で約15分


 

基本情報

・住 所 北九州市小倉南区平尾台
・アクセス

JR石原町駅よりタクシーで約15分
車の場合:九州自動車道 小倉南ICより約20分

     北九州都市高速 横代ICより約25分


 

平尾台の地図

 


 

東田地区

日本の近代製鉄発祥の地で、日本の産業近代化をリードしてきた場所です。

さまざまな歴史を歩み、日本の産業発展に大きく貢献した場所です。

広大な企業の未利用地を有効活用するため、東田土地区画整理事業が進められ、1993年に

「北九州市住まい・生活展」が、2001年に「北九州博覧祭2001」が行われました。

JR鹿児島本線の直線化やスペースワールド駅の開業、新産業の誘致、商業施設・業務施設の

充実が進められました。 自然・歴史・環境を学ぶ場としていのちの旅博物館、

北九州市環境ミュージアム、北九州イノベーションギャラリーも立地しました。

2017年の年末に閉園したスペースワールドも東田地区に立地しました。

また、現在世界文化遺産を始め、多くの近代化産業遺産を見ることができます。

 


 

東田第一高炉

ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地
世界でここだけ 高炉設備一式が完全な形で保存されているところ!
1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。多くの人々の手によって日本の産業近代化の

礎がここで築かれた。そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を後世に伝えるべく
1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が保存されています。

 


 

世界遺産 / 旧本事務所

日本の産業近代化の歴史を見て来た旧本事務所。

1897年(明治30年)に八幡の地に近代製鉄所を建設することが決定されてから、わずか4年で

製鉄所を完成させました。

その製鉄所の指令を行うところが本事務所。外側が赤煉瓦のモダンな建物です。

1901年(明治34年)に製鉄所が創業し、富国強兵の基製鉄所が次々と拡張していきました。

そのため、本事務所は手狭になり、その機能は1922年には新しい2代目の本事務所(枝光)に

移りました。その後、初代の本事務所は製鉄製品の研究所や、様々な目的で使用されました。

そして、現在まで日本の産業近代化の歴史を見続けて来た本事務所です。

 

世界最新鋭の製品

 世界遺産の旧本事務所

  世界遺産眺望スペース


 

八幡泊地

日本の近代産業の歴史はここから始まった
八幡製鐵所がこの地に建設され、製品積出しに頻繁に利用され、日本産業の最前線を
担ってきました。現在は港湾緑地帯として整備され、ベンチに座り洞海湾を望むことの

できる市民の憩いの場となっており、ウォーキングやジョギングに最適の場所で、

美しい夕陽も望めます。

 


 

環境ミュージアム

世界の環境首都を目指す北九州市が整備する『市民のための環境学習・交流総合拠点施設』です。

今日、地球温暖化や廃棄物問題をはじめとして、様々な形で環境問題が急速に深刻化しています。

その原因の多くは、人間一人ひとりの日常生活の積み重ねにあります。環境にやさしい持続的な

社会を実現するためには、学校、企業、市民、市民団体、行政それぞれが主体となり、相互に

連携して取り組んで行かなくてはなりません。

 


 

基本情報

・住 所 北九州市八幡東区東田
・アクセス JR スペースワールド駅周辺

 

東田地区周辺の地図

 


 

東田第一高炉

ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地
世界でここだけ 高炉設備一式が完全な形で保存されているところ!

1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。
多くの人々の手によって日本の産業近代化の礎がここで築かれた。
そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を後世に伝えるべく
1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が保存されています。

 

東田第一高炉史跡広場には、実際使われていた高炉設備一式が、そのまま完全な状態で
保全されているのは、世界で唯一ここだけ。
いまも当時の息づかいを感じさせるところです。

そして、製鐵所建設から現在に至るまでの歴史や先人の功績に触れることはもとより、
製鉄に関する様々がことが学べる、日本の産業近代化の聖地です。

 


 

高炉設備の概要
1962年(昭和37年)に建設された、当時では最新式の高圧高炉。 10年間連続操業。  

今も、ほぼ当時のままの状態で保存されています。

 

①高炉本体 

鉄鉱石から銑鉄をつくる設備

鉄鉱石に含まれる酸素を効率良く除去(還元)し溶解した銑鉄を
つくる装置。鉄鉱石とコークスを高炉の上部(炉頂)から装入し、

熱風炉でつくられた熱風を下部にある羽口から吹き込み、

炉内での溶融・還元反応によって銑鉄を製造する。


 

②出銑口 

高温に解けた銑鉄が出てくるところ

出銑口は、炉頂から装入された鉄鉱石が溶融・還元された銑鉄が
排出されるところ。

銑鉄の温度は1500℃以上で、炭素を多く含んでいて、硬くて脆く、
強く叩けば割れてしまう状態。


 

③鋳 床 

銑鉄とスラグが流れるところ

出銑口から出てきた銑鉄が流れるところで、溶銑樋と溶滓樋がある。

容銑樋は鉄鋼製品つくり銑鉄が流れるところで、トピードカーへ
運ばれる。溶滓樋は溶銑の上部に浮いた副産物である溶滓(スラグ)が

流れるところで、煉瓦やバラスの原料となる。


 

④熱風環状管 

高温の熱風を高炉に送る配管

熱風炉でつくられた約1200℃の熱風を、送風支管を介して、
高炉に熱風を送り込む配管。

熱風環状管の内部には煉瓦が積まれていて、配管を保護している。


 

⑤熱風炉 

熱風をつくる炉

高炉に送り込む熱風をつくる炉で、ここでは3基で構成され、順番に
熱風がつくられる。先ずコークス炉ガスで燃焼させたガスで、
炉内積まれたチェッカー煉瓦を加熱する。 その後冷風をチェッカ煉瓦の

中を通して、熱風を製造し、環状管を通って高炉に送られる。


 

⑥除塵器 

ガスからダストを除去する装置

高炉内で溶融・還元反応が行われると、ダストを含む多量のガスが
発生する。

除塵器はそのダストを除去する装置である。

ダストが除去されたガス(高炉ガス)は燃料として再利用される。


 

⑦トピードカー 

銑鉄を運搬する容器

高炉で出来た銑鉄を製鋼工場に運搬する容器で、魚雷(torpedo)の
形をしているのでトピードカーと呼ばれる。
内部には分厚い煉瓦が積まれて鉄皮を保護している。

この設備は250トンの銑鉄を運搬できる。


 

⑧転 炉 

銑鉄から鋼をつくる装置

銑鉄はトピードカーで製鋼工場の転炉に運ばれる。

転炉では、銑鉄に酸素を吹き込み、酸化反応によって炭素量を減らし、

又成分調整を行い、「鋼」(鉄鋼製品の素材)を製造する。


 

最寄りの駅・スペースワールド駅からのアクセス(徒歩で約5分)

 JR スペースワールド駅

 高炉を目指して一直線に

東田第一高炉入り口・北九州

イノベーションギャラリー側


 

東田第一高炉は学びの宝庫
高炉設備が保存されているだけでなく、当時使われていた装置類や部品の展示

製鉄の歴史や人々の暮らしの歴史、公害克服の歴史に関する写真や展示物
更には、鉄作りを学ぶための写真や展示物が沢山あります。

 

学びのツアー企画と案内
そんな東田第一高炉は、小学生から中学・高校生、そして工業を専門に学ぶ大学生や

あらゆる年代の人達に学びの材料を提供しているところです。
ジャパン九州ツーリスト株式会社では、長年世界各国の高炉建設に携わった
元新日鐵のエンジニアで高炉の業務に従事した近藤が、皆様のご要望に応じたテーマで

学びのツアーを企画し、案内しています。

【テーマの一例】
・鉄の作り方
・先人達の取組
・日本の産業発展の歴史
・公害克服の歴史
・当時の製鉄設備技術
・製鉄文化
・日本のものづくり

先ずは、電話、Eメール又はFAXで、下記へ気軽にお問合せください。

 


 

お問合せ    

ジャパン九州ツーリスト株式会社

福岡県知事登録旅行業 第3-688号

電話 093-521-8897   FAX 093-521-8898

Email info@japan-kyushu-tourist.com
〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階     

 


 

基本情報

・住 所 八幡東区東田二丁目3番12号
・アクセス 

JR スペースワールド駅より徒歩5分

北九州都市高速 枝光ICより車で3分

・入場料 無料
・開園時間 9:0017:00

 

東田第一高炉周辺の地図

 


 

八幡泊地

日本の近代産業の歴史はここから始まった
八幡製鐵所がこの地に建設され、製品積出しに頻繁に利用され、日本産業の最前線を
担ってきました。

現在は港湾緑地帯として整備され、ベンチに座り洞海湾を望むことのできる市民の憩いの場
となっており、ウォーキングやジョギングに最適の場所で、美しい夕陽も望めます。
 

 



製鉄所建設と八幡泊地の歴史
八幡は農業と洞海湾で漁業を営む人口が少ない寒村だった。
そしてこの地が、1897年に製鉄所建設場所として議会で決定される。

 


建設機械にない時代に、人海戦術で僅か4年間で製鉄所を建設し、1901年(明治34年)

日本で初めてに銑鋼一貫製鉄所が操業を開始する。

 

岸壁の建設
原料の荷卸し、成品の積出の為に八幡泊地(港)に岸壁が建設された。
西田岸壁東部:1906年、中央岸壁:1920年、堂山製品岸壁及び松ヶ島岸壁:1922年
西田岸壁西部:1925年

 

 八幡泊地全景 

 中央岸壁 

 堂山製品岸壁


 

基本情報

・住 所 北九州市八幡東区東田5-2
・アクセス JRスペースワールド駅より徒歩10分

 

八幡泊地周辺地図

 

北九州の世界遺産と近代化産業遺産

北九州市は世界遺産を含む産業関連遺産の宝庫です。

世界遺産に登録された明治日本の産業革命遺産である旧本事務所や遠賀川水源地ポンプ室、

鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され門司港駅、製鉄関連の遺産をはじめとした

多くの産業遺産があります。このことは、北九州市が日本の産業近代化に大きく関わっている

ことの証明です。そのサイトでは、それらの遺産を紹介して行きます。

 


 

世界遺産 / 旧本事務所

1897年(明治30年)に八幡の地に近代製鉄所を建設することが決定されてから、わずか4年で

製鉄所を完成させました。その製鉄所の指令を行うところが本事務所。が外側が赤煉瓦の

モダンな建物です。1901年(明治34年)に製鉄所が創業し、富国強兵の基製鉄所が次々と拡張

していきました。そのため、本事務所は手狭になり、その機能は1922年には新しい2代目の本事務所

(枝光)に移りました。その後、初代の本事務所は製鉄製品の研究所や、様々な目的で使用

されました。そして、現在まで日本の産業近代化の歴史を見続けて来た本事務所です。


 

世界遺産 / 遠賀川水源地ポンプ室

明治日本の産業革命遺産の遠賀川水源地ポンプ室。八幡製鐵所に水を供給するために1910年に稼働

を開始し、100年以上経過した今でも、当時と変わらぬ威厳のある姿のポンプ室から、毎日八幡製鐵所

(現日本製鉄 九州製鉄所)で必要とする水の約70%を休みなく送り続けている製鐵所の心臓部です。


 

東田第一高炉

ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地。
世界でここだけ 高炉設備一式が完全な形で保存されているところ!
1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。多くの人々の手によって日本の産業近代化の

礎がここで築かれた。そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を後世に伝えるべく
1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が保存されています。


 

河内貯水池

八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年(大正8年)に竣工し、
8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年(昭和2年)に完成しました。
その総指揮者が、土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」という
ヨーロッパの土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。
河内貯水池は近代化産業遺産としての価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えた
SDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。


 

くろがね線

戸畑と八幡を結八幡製鐵所の専用鉄道

八幡製鐵所は、戸畑で操業していた東洋製鐵と1921年に合併した当時から、戸畑地区で生成する
熔銑を船舶で八幡へと輸送していたが、海上輸送のリスクと不経済性が指摘されていた。

一方八幡地区では、高炉の溶銑をつくるときの副産物である鉱滓(スラグ)の処理が問題化していた。
これらの打開策として建設されたのが、戸畑地区と八幡地区を鉄道で結ぶくろがね線。


 

門司港駅

1988年(昭和63年)には鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され、現在では東京駅と

2つが国の重要文化財です。1914年(大正3年)に門司駅(当時)として開業、1942年(昭和17年)に

門司港駅と改称されました。建物は、フレンチ・ルネッサンス調との木造二階建て建築で、

ドイツ人技師ヘルマン・ルムシュッテルの監修によるものです。

 

 

旧門司三井倶楽部

1921年に三井物産の社交倶楽部として作られた建物です。ハーフティンバー様式と呼ばれる

ヨーロッパ伝統の木造建築工法で作られ、門司港駅と同様に国の重要文化財に指定されています。

1922年にアインシュタイン博士が全国を講演する為に来日した際に、三井倶楽部に宿泊しました。

博士が宿泊した部屋は当時の様子を再現しています。

 

 

赤煉瓦プレイス

旧サッポロビール九州工場の赤煉瓦建物などを保存活用した貴重な歴史的建造物です。

門司麦酒煉瓦館は旧工場事務所を改装し、ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革の

ほか、ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。

門司麦酒煉瓦館をはじめ、現在残る醸造棟・旧組合棟(赤煉瓦写真館)・倉庫跡(赤煉瓦交流館)

の4つの建物は歴史的価値を認められ国の有形文化財に登録されています。

 

 

西日本工業倶楽部(旧松本家住宅)

戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える
アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。

旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と

ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。 


 

北九州の地図

 


 

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