鉄鋼の産業発展物語 第1話 / 日本最古の鉄器は糸島で出土
ヨーロッパに比べて重工業が非常に遅れていた日本が、どのようにして
ヨーヨッパから技術を学び、産業革命を行い、急速な産業発展がなされたのかを
時代を遡ってその物語を紹介します。
物語の始まり
鉄は稲作とともに伝わったと言われている。
弥生時代に入ると、稲作も盛んになり、斧や鍬など農機具が鉄で
造られるようになる。
造られるようになる。
その方法は「たたら製鉄」によるもので、砂鉄を用い、木炭の燃焼熱によって
砂鉄を還元し、鉄をつくる方法。
砂鉄を還元し、鉄をつくる方法。
古代のたたら製鉄は、北部九州、中国地方や東北など始めとする
日本各地で行われた。
日本各地で行われた。
11世紀以降、砂鉄の豊富な中国地方で大型炉による鉄づくりが始まった。
15世紀の室町時代後半に入ると刀の需要が急速に増え、各地で刀鍛冶が
発達して行く。
発達して行く。
1543年に、ポルトガル人が種子島に鉄砲を伝えた。
その一年後の1544年には、種子島の鍛冶工・八坂清定が日本初の鉄砲をつくった。
その方法は、鍛造で鉄の板をつくり、それを丸い棒に巻き付け、
溶着させる。ねじのない時代に鉄製の栓をつくり、それを溶着させて
片方を塞ぎ、苦心の末鉄砲を完成させた。
その方法は、鍛造で鉄の板をつくり、それを丸い棒に巻き付け、
溶着させる。ねじのない時代に鉄製の栓をつくり、それを溶着させて
片方を塞ぎ、苦心の末鉄砲を完成させた。
恐るべき創造力と職人業であり、これが今日のものづくり日本の原点ともいえる。
その後、刀鍛冶の盛んな地域である、和泉・堺、近江・国友、近江・日野
備前・長船、そして城下町鹿児島と仙台などで鉄砲が造られるようになる。
備前・長船、そして城下町鹿児島と仙台などで鉄砲が造られるようになる。
そして、豊臣秀吉の時代に入って、刀や鉄砲づくりの技術は更に進んでいく。