日本の戦後の危機を救ったのは八幡製鐵所!
明治日本の産業革命遺産の裏側に秘められた実話。
日本の戦後の危機を救ったのは八幡製鐵所!
昭和20年に全国で12基の高炉が稼働していた。
しかし、戦争の被害や原燃料の欠乏によって、八幡の高炉3基がかろうじて生き残った。
また、八幡も同様に原料炭不足に陥り、操業停止に直面する。
その時危機を救うべく急遽立ち上がったのが従業員、自ら筑豊炭鉱に行って石炭を掘った。
こうした懸命の努力をあり、なんとか生き残った3基の高炉の操業を維持し、
日本の戦後復興につなげて行った。
このような努力がなければ、日本の急速な復興や世界遺産登録もあり得なかった。
また当時炭鉱に行って犠牲になられた方もおられることも忘れてはならない。